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変わる活動、変わらぬ思い。

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このインタビューは2013年の広告研究会百周年を迎えるにあたって当会の過去の歴史をふりかえり編集すると共に、過去のお話しを聞かせていただき今後の当会の活動の参考にさせていただきたいと考えております。

今回は第82代の広告理論チームチーフを務めていらっしゃった長谷川 華さん(平成7年卒業)にお話を伺いました。長谷川さんは主婦の友社勤務を経て、フリーのライター&エディターとなり、現在は女性誌やムック・書籍を中心にお仕事をされています。チーム活動、早稲田祭活動のお話からは当時の時代背景をうかがい知ることができ、とても興味深いものでした。



●チーム例会はさながら大学の講義

— よろしくお願いします。まず、当時の活動の中で一番印象に残っているものについてお話をお聞きしたいと思います。

長谷川さん:私は3年のときに理論チームのチーフをしていたから、その1年間の活動が一番印象に残っています。毎例会では広告に関する講義をしていました。例えばA.I.D.M.Aの説明をしたりだとか。前期のうちはそういった基礎的な講義をしていたのだけれど、後期になると内容も濃くなってきて、毎回の準備がとても大変だったのを覚えています。前の年なんかはチーフが2人いるチームがあったりして、そういうのは羨ましいなと思うこともありました。チーム制をはじめ、活動形態も今とはだいぶ違っているのかもね。

— 今のチーム活動はグループワークが主なので意外に思いました。チーフが2人というのも今では想像できないですね。

長谷川さん:そうそう。案の定、その2人はしょっちゅう喧嘩していたわよ。私のチームでは合宿を2回したり飲み会も毎回盛り上がったりと、とても仲が良かったと思う。今とはチーム員の人数も違うからかもしれないけど。

—確かに、今は1チーム50人規模ですからまた雰囲気も違うのでしょうね。他に何かチームの話で面白いお話はありますか?

馬場さん:私のチームじゃないのだけれど、私の一つ上の代の制作チームは、早稲田祭で松下電工の商品の広告作品を制作して、それを展示したりとか、そういった活動もしていました。

—早稲田祭でチーム活動をしていたのは少し驚きました。当時のチームの様子がうかがい知れました。ただいまお話に出ましたが、続きまして早稲田祭のお話をお聞きしたいと思います。

●バブル崩壊後の早稲田祭活動

— 早稲田祭ではどのような活動をしていたのですか?

長谷川さん:2年生の時の早稲田祭が強く印象に残っています。当時の早稲田祭では、チーム活動と有志のプロジェクト活動を並列に行っていたのね。私が参加していたプロジェクト活動は、イベントをポラロイド社に協賛していただいて、人間ペインティングという企画をステージで行いました。

— 人間ペインティングというのは?

長谷川さん:ステージに布を張って、全身ペイントされた人が布にペタっと張り付いて模様をつけたのよ。

— ユニークなイベントですね。

長谷川さん:そのイベントの責任者は当時の渉外幹事で。そういえば、その年はファッションショーのイベントも行ったはず。ベイクルーズなど4つのブランドに衣装をお借りして、スタイルの良い広研の女の子がモデルになったのよ。そして、ステージ上をランウェイに見立ててイベントをしたのよね。

—ファッションショーのイベントは僕たちも3年前に行いました。当時から広研員の好むものは変わっていないのですね。そして、広研のイベントと言えばステージが欠かせないですよね。現在僕たちは早稲田祭の本部ステージでイベントを行います。当時はどうだったのでしょうか?

長谷川さん:私たちのときは、WASステージと呼ばれる、広研専用のステージを10号館前に自分たちで組んでいました。当時は文学部キャンパスの記念会堂でミュージシャンを呼んでライブをするUBCという音楽サークルがライバルで、どちらがステージ前に人を集められるか意識し合っていたと思います。

— そうですか。今もUBCは早稲田祭で活発に活動しています。早稲田祭といえば、最近では企業色の強いイベントが禁止されるようになり、そこで毎年頭を悩ませながら活動しているのですが、当時はどうでしたか?

長谷川さん:当時の早稲田祭はそういった規制は全然ありませんでした。自由に活動ができる中で、どういった形でクライアントのメッセージを届けるかを絶えず考えていたような気がします。でもそもそも、当時ってバブルがはじけたばかりだったから、協賛についてくれる企業も少なくて。そんな中でも協賛していただいた企業には感謝しないとなりませんよね。

●広研で学んだこと

—当時は今とは違う苦労があったんですね。それでは次に当時の行事や飲み会についての様子をお聞きしたいと思います。

長谷川さん:まず、当時は週に1回の全体例会があって、その後に必ず全体飲みをしていました。その他、週に1回チームの例会を行って、そのときはチームで飲みに行っていたのよ。当時は徐々に女の子の会員が増えてきた時代だったから、飲み会の様子もだんだん落ち着いていった、と先輩からは聞かされた記憶があります。

—例会のシステムも当時とは異なり今ではなかなか難しいので、週に1回の全体飲みっていうのも羨ましいですね。

長谷川さん:飲み会はとてもいいコミュニケーションの場だったから、広研はこれからも飲み会を大切にしたらいいんじゃないのかな。

— はい、これからも大切にしたいと思います。OB・OGの方々は卒業後さまざまなご活躍をされている方が多いと思いますが、長谷川さんは大学を卒業した後に“広研にいてよかったなぁ”と思うことはありますか?またそれはどんなときでしょうか?

長谷川さん:なにか特別なスキルや知識として、というのはあんまりないのかもしれない。ただ、広研で出会った仲間って言うのは、損得勘定なしで信用できる関係だなと思います。私にとっての広研は人間関係を学ぶ場であったのかも。

—確かに、僕にとっても広研で出会った仲間はかけがえのない存在です。

長谷川さん:これからもそういう関係を大切にしていけば、私くらいの歳になってもずーっと付き合っていける気の置けない仲間になっていくと思うので、大事にして欲しいと思います。

— はい、わかりました。それでは最後に現役会員に向けて何か一言お願いいたします。

長谷川さん:広研で得た経験は、何でも自分のこやしになるはずです。月並みだけど、学生時代は限られているから、無駄なく悔いの残らないよう、精一杯頑張って下さい。

— 精一杯がんばります。本日はお忙しい中、お話いただきありがとうございました。


インタビューアー 商学部3年 和田広大 2007年12月東京都三鷹市にて